建築の真の姿

そこに建築があることは、そこにいる人に依存しているように思えるが、そこにいる人が抱いているその建築へのイメージより越えたモノ、それがその建築の真の姿、にするには、その建築がそこにいる人に依存しないで独立している必要がある。さらに言えば、建築が自律しているとはまさにこういうことである。

ただ、そこにある建築がどういう存在であるかは、そこにいる人自身の中にしかない。それはどういうことかというと、そこにある建築が自分の中に存在している人にしかその建築を見ている意識がないからである。

だから、そこにある建築はそこいる人の中にしか存在していないが、その建築自体はそこにいる人に依存しない方がいいとおもう。

AF7D7F01-3ECF-4105-B9B9-FD17C2483322.jpeg

リンク

PageTop